2015年05月28日16時58分
誇らしくて 嬉しくて 室井佑月
誇らしくて
嬉しくて
室井佑月
一昨日、中学3年になった息子の学校の体育祭があった。息子の学校は中高一貫校で、中学部と高校部合同の体育祭だ。同級生のお母さん方と一緒に見学をした。
運動会のメインは、高校3年生のクラス対抗のダンス。生徒自ら考えたという難しい振り付けの、熱のこもったダンスだ。恥ずかしがる子は一人もいず、みんな全力で踊っている。
思わずあたしはつぶやいた。「あんなすごいこと、うちの息子が3年後にできるんだろうか」
そしたら、仲の良いお母さんもつぶやいた。「今は5月じゃん。高3生は、あと7カ月で受験よ。3年後にうちの子は、いったいどんな気持ちでダンスを踊っているのかと思うと……」
そうね、あの激しいダンスには、いろんな気持ちが込められているのかもね。(受験勉強、苦しい、投げ出したい、でもあと少し!)とかさ、(現役はあきらめた! もう一年、地獄覚悟だわ!)とかさ。
そう思ってあらためてダンスを見ると、全員が全員、リズム感や運動神経に優れている子というわけでもなく、もうめちゃくちゃ踊ってやるわい、って感じの子もいた。
けど、それでもあたしは、やっぱりすごいと思うのだ。
だって、中学に入学したばかりの頃は、不平不満があると、学校や親のせいにして当たり散らしていた子も多かったはず(うちはそうです)。自分の置かれた場所で、鬱憤(うっぷん)の晴らしどころを見つけられるなんて素晴らしいことだ。それはきっと、真っ向から自分の人生と戦っていく覚悟ができたからだと思う。
対する、入学したばかりの中1生は、よそ見をしたり、すぐに並ばなかったり。先生もつい大声を張り上げていた。中1生は、その場所にいる自分というものがわかっていない。つまり、その場は関係なく、自分、自分、なんだよな。
うちの息子も、中学に入学したばかりの頃は問題ばかり起こしていた。入学したと同時に寮生活がはじまり、学年ではじめに停寮(停学みたいなものです)をくらったのも、うちの子だった。
いつ学校を辞めされるかと、親のあたしは怖かった。正直いうと、そうなることも覚悟していた。
あたしの心の支えは、寮の舎監長の言葉だった。「なぁに、パワーがありあまっているだけですわ。案外、ああいうやつが、受験も頑張れるんです。男の子は変わりますよ」
3年後の大学受験がどうなるかは置いといて、舎監長の「男の子は変わる」という言葉はほんとうだった。
中3の現在、あれだけ暴れていた息子は、静かになった。それだけ、理想と現実のギャップを埋めようと、内側でもがいているのだと思う。
総理大臣、パイロット、役者、医者、弁護士……将来へ無限の夢を見られた時期は終わった。自分は何者で、これから先、どういう生き方をするのか、たぶん悩んでいる。来年にかけて、文系か理系かも決めなくちゃならないし。
そういえば、小学5年生くらいから「ほっといてくれ」という言葉を使い出したが、そのときの「ほっといてくれ」と今の「ほっといてくれ」とは違う。今の「ほっといてくれ」は、言葉に刺がない。
たぶん、昔はそういいながらも「自分をわかってくれ」といっていた。が、今はほんとうにそのままの意味、そっとしてもらいたいのだろう。
静かになった息子の身体には、見えない刺のバリアーが張られているようだ。他人に刺を放つことを辞めにしたあいつは、そうやって他人を寄せ付けず自分の殻に閉じこもりなにかをじっくり考えているのだと思う。
なぁに、そのうち刺のバリアーも消える。あいつが自分の中で、理想と現実の折り合いをつけられたときに。他人に、ちょっとやそっとじゃ傷つけられないという自信を持ったときに。俺は俺、そう開き直れたときに。
静かになった息子とは、距離感が大きくなった。近くにいても心が遠い。だから、体育祭でグランドを走っている息子が、知らないお兄さんに見えたりもした。
手足が長い、しかめっ面をしたお兄さん。そのお兄さんがときどき友達と笑っている。その笑みはあたしに向けられたものじゃないけど、離れたところから見ていてもドキリとした。
あたしはただただ息子が眩しかった。
あれはあたしが生んだ子よ、そう思い誇らしい気持ち半分、繋がりが消えそうで、寂しいのが半分。
室井 佑月(むろい ゆづき)
1970 年、青森県生まれ。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97 年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ~ん・あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、『ひるおび!』(TBS)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。
嬉しくて
室井佑月
一昨日、中学3年になった息子の学校の体育祭があった。息子の学校は中高一貫校で、中学部と高校部合同の体育祭だ。同級生のお母さん方と一緒に見学をした。
運動会のメインは、高校3年生のクラス対抗のダンス。生徒自ら考えたという難しい振り付けの、熱のこもったダンスだ。恥ずかしがる子は一人もいず、みんな全力で踊っている。
思わずあたしはつぶやいた。「あんなすごいこと、うちの息子が3年後にできるんだろうか」
そしたら、仲の良いお母さんもつぶやいた。「今は5月じゃん。高3生は、あと7カ月で受験よ。3年後にうちの子は、いったいどんな気持ちでダンスを踊っているのかと思うと……」
そうね、あの激しいダンスには、いろんな気持ちが込められているのかもね。(受験勉強、苦しい、投げ出したい、でもあと少し!)とかさ、(現役はあきらめた! もう一年、地獄覚悟だわ!)とかさ。
そう思ってあらためてダンスを見ると、全員が全員、リズム感や運動神経に優れている子というわけでもなく、もうめちゃくちゃ踊ってやるわい、って感じの子もいた。
けど、それでもあたしは、やっぱりすごいと思うのだ。
だって、中学に入学したばかりの頃は、不平不満があると、学校や親のせいにして当たり散らしていた子も多かったはず(うちはそうです)。自分の置かれた場所で、鬱憤(うっぷん)の晴らしどころを見つけられるなんて素晴らしいことだ。それはきっと、真っ向から自分の人生と戦っていく覚悟ができたからだと思う。
対する、入学したばかりの中1生は、よそ見をしたり、すぐに並ばなかったり。先生もつい大声を張り上げていた。中1生は、その場所にいる自分というものがわかっていない。つまり、その場は関係なく、自分、自分、なんだよな。
うちの息子も、中学に入学したばかりの頃は問題ばかり起こしていた。入学したと同時に寮生活がはじまり、学年ではじめに停寮(停学みたいなものです)をくらったのも、うちの子だった。
いつ学校を辞めされるかと、親のあたしは怖かった。正直いうと、そうなることも覚悟していた。
あたしの心の支えは、寮の舎監長の言葉だった。「なぁに、パワーがありあまっているだけですわ。案外、ああいうやつが、受験も頑張れるんです。男の子は変わりますよ」
3年後の大学受験がどうなるかは置いといて、舎監長の「男の子は変わる」という言葉はほんとうだった。
中3の現在、あれだけ暴れていた息子は、静かになった。それだけ、理想と現実のギャップを埋めようと、内側でもがいているのだと思う。
総理大臣、パイロット、役者、医者、弁護士……将来へ無限の夢を見られた時期は終わった。自分は何者で、これから先、どういう生き方をするのか、たぶん悩んでいる。来年にかけて、文系か理系かも決めなくちゃならないし。
そういえば、小学5年生くらいから「ほっといてくれ」という言葉を使い出したが、そのときの「ほっといてくれ」と今の「ほっといてくれ」とは違う。今の「ほっといてくれ」は、言葉に刺がない。
たぶん、昔はそういいながらも「自分をわかってくれ」といっていた。が、今はほんとうにそのままの意味、そっとしてもらいたいのだろう。
静かになった息子の身体には、見えない刺のバリアーが張られているようだ。他人に刺を放つことを辞めにしたあいつは、そうやって他人を寄せ付けず自分の殻に閉じこもりなにかをじっくり考えているのだと思う。
なぁに、そのうち刺のバリアーも消える。あいつが自分の中で、理想と現実の折り合いをつけられたときに。他人に、ちょっとやそっとじゃ傷つけられないという自信を持ったときに。俺は俺、そう開き直れたときに。
静かになった息子とは、距離感が大きくなった。近くにいても心が遠い。だから、体育祭でグランドを走っている息子が、知らないお兄さんに見えたりもした。
手足が長い、しかめっ面をしたお兄さん。そのお兄さんがときどき友達と笑っている。その笑みはあたしに向けられたものじゃないけど、離れたところから見ていてもドキリとした。
あたしはただただ息子が眩しかった。
あれはあたしが生んだ子よ、そう思い誇らしい気持ち半分、繋がりが消えそうで、寂しいのが半分。
室井 佑月(むろい ゆづき)
1970 年、青森県生まれ。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97 年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ~ん・あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、『ひるおび!』(TBS)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。
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- 5L編集部
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