2016年12月20日15時54分

ありがとう 室井佑月



イラスト:北川原由貴



   この連載をもとにして出した本、『息子ってヤツは』(毎日新聞出版)が出版されました。長い連載だったので、妊娠期間を経て、もう一人子どもを生んだような感覚です。
 連載当初、小学校二年生だった息子は、高校生になりました。手がかかるやんちゃ息子でしたが、もう本格的な親離れの時期です。将来の進路もぼんやり決めているみたいで、この先、あたしが踏ん張らねばならないのは、やつの大学費用の捻出くらいでしょう。

 いいや、それだって絶対じゃないのです。息子がどうしてもその道に進みたかったら、奨学金を借りるとか、あたしがいなくてもどうにでもできます。あたしが手を離しても、息子はもう生きていける。
 寂しいです。

 けれど、はじまりがあるものには、すべて終わりがやってきます。終わりがあるから、はじまりもあるのですから。
 この雑誌も休刊が決まりました。でも、つぎにやってくるのははじまりです。また違うかたちでみなさんと出会えるかもしれないと思えば、それは楽しみでもあります。
 そう考え、最終回、なにを書こうか迷いましたが、やっぱりこれしかないな、と思いました。

 みなさん、あたしの言葉を、読んでくれて、聞いてくれてありがとうございました。

 このコラムは嘘や見栄で自分を飾らず、正直にその時の自分の気持ちを書いてきました。みなさんに読んでもらうこと、聞いてもらうことで、あたしはかなり助けられました。
 人に悩みを話すと、不思議と自分の気持ちが整理されます。悩んでいるときって悪いループにはまってしまって、ほんとうに自分がなにを望んでいるのか、わからなくなってしまう。
 あたしはそうでした。

 このコラムを書くことで、あたしは何度、冷静になれたことでしょう。
 だらしない、すぐに諦める、人としてダメダメなあたしです。でも、母親といういちばん大切なポジションは放棄せずにこれました。
 当たり前のことかもしれませんが、そのことが今のあたしの自信につながっています。

 そして、これも大事なことかもしれません。子供を生み育てていくうちに、あたしは自分が独りで生きているわけではないと知りました。
 世間って、そんなに良いものではないかもしれないけれど、そこまで悪いものでもないのかもしれない。
 あたしは辛いときに、「辛い」と声をあげられるようになりました。

 独身時代のあたしは、辛いときも「辛い」と人にいえない女でした。「助けて」といえるようになったのは、あたしの窮地は息子の窮地だからでした。あたしが倒れてしまえば、幼い息子は生きていけなかったからです。
 今となって考えてみたら、なぜ、そんな簡単なことが出来なかったのか?
 
 やはり、あたしが人を信用していなかったのだという一言に尽きるのでしょう。自分のことも信用していなかったのですから、仕方ありません。
 あたしは母親としてのポジションを必守し、自分に自信を持てて、ようやく他人も信用できるようになったのでした。

 人は、自分の視界に飢えている人がいたら、それが知らない人であっても、手にしたお握りを差し出すでしょう? 自分が死ぬほど飢えていても、お握りの半分を渡してしまうのが人間でしょう? そんな簡単なことさえわからなかった。
「辛い」と声をあげれば、「ああ、わたしにもそんなときがあった」と共感してくれる人が出てきます。自分はどうやって、辛い時を乗り越えたのか、教えてくれる人も現れます。
 辛い時の乗り越え方という直接的な情報が授からなくても、自分の言葉を聞いてもらえるだけで、気持ちはかなり楽になります。

 逆に考え、誰かを楽にすることが厭な人なんていませんよね。好きな人であったら率先して助けたいと思うし、そうじゃなくてただの顔見知り程度の人だって、感謝されて厭な気持ちになったりしない。
 みんな大なり小なり虚勢を張って生きています。だけど、意地を張り通せないくらい、弱くなってしまうときもある。
 そんなとき、人を信じ、助け合える世の中であればいい。

 今もこれからも。息子の時代も、その先の子供たちの時代も。
 ものすごくそう思うから、まず自分から、素直でありたい。誤解を恐れず、いつだって言葉を発する勇気を持ちたい。
 あたしの拙い言葉を読んでくれる、聞いてくれるみなさんが、あたしに素直になる勇気をくれました。
 ほんとうにありがとう。




室井 佑月(むろい ゆづき)

1970年、青森県生まれ。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ〜ん・あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、『ひるおび!』(TBS)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。



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