
イラスト:北川原由貴
15歳の息子は難しい。現在、地方の寮のある学校に通っているのだが、ある1人の舎監さんと、とことん気が合わないみたいだ。その方に反抗的な態度をくり返し、とうとう学校で4者面談をすることになった。
息子とあたしと舎監さんと、そして寮の副部長でもある息子の部活のコーチも同席してくれた。舎監さんはあたしと同世代くらい、副部長はあたしより10歳くらい若い男性だ。
息子は舎監さんに暴言を吐いたことについては素直に謝る。が、あたしが「上手くやれ」といっても、「絶対に無理だ」といいはる。
「暴言を吐いたのは、自分が悪かったです。すみません。でも、上手くやるのは無理です。嫌いなんです」
と揉めている舎監さんを前にのうのうという。
本人を目の前にして、なんて憎らしいことをいうのだろう。こんなにこいつ、激しい男だったっけ?
息子と会ったのは1カ月ぶりだった。夏休みに帰省していたけれど、友達とはしょっちゅう電話で話をしているのに、親のあたしとは1分話すもの厭みたいだった。生活に必要な最低限の会話しかしなかった。あたしは今、息子がなにを考えているのかわからない。
その時、わかっていたことはただひとつ。寮の舎監さんといえば、家族のように顔を合わせる関係じゃないか。それなのに、こんな憎らしい態度をとって大丈夫なのだろうか。あたしは狼狽えた。
むっつりと黙っている舎監さんに、息子の良い所を話してみたり、息子にその態度はなんだと大声をあげたり。4者面談で、あたしは取り乱した。
すると、寮の副部長は、
「思春期ですね」
と動じることなくポツリといった。そして、
「○○さん(舎監さんの名)と気が合わないのはわかった。けど、細かいところで叱ってくれる○○さんは、××(息子の名)には必要な人間だと思うぞ。僕は公での態度というものを、××に学んで欲しい。いくら嫌いでも、それを感情のまま態度に出すことは、男としてみっともないことだと思わないか」
そんな風に息子に語りかけた。
「だいたい、おまえがルール違反をすればするほど、説教をされたりして、それだけ長い時間、○○さんと関わることになるんだぞ」
息子は神妙な顔をして頷いていた。あたしはまたまた驚いた。こういった説得の仕方もあるんだと。その発想は、残念ながら女のあたしには出てこない。
あたしは逆に、息子に「舎監さんと仲良くしろ」というようなことを何度もいった。もっとおまえという人間をわかってもらうことが大事なんじゃないかと。人間は多面体。そしたら、お互いに嫌いな部分だけじゃなく好きなところも見えてくるんじゃないだろうかと。
母親の意見だ。
あたしは息子が可愛い。だから、息子が舎監さんに憎たらしい言葉を吐いた衝撃のシーンを目撃しても、息子を叱りつつ、心のどこかで、
(そっちが息子を好きじゃないから、こっちも嫌いなんじゃないの?)
とそんなことを思ってしまう。いや、本音はもっと過激で、
(自分を好きじゃない相手の説教なんて、自分のためを思っていってくれているなんて絶対に感じないよ。てか、大人と子供で立場が違うんだから、ふつうはそっちから歩みよるものなんじゃない? うちの息子を嫌いな人間なんて、あたしだって嫌いじゃ)
なんて思ってしまう。
あたしこそ、そういう感情がもっとも態度に出る女。副部長の説教は、思春期の息子の心にどれだけ染みたかはわからないが(染みてると信じたい)、あたしの心にはかなり深く染みこんだ。女だって、感情をそのまま態度に出すことはみっともない。
それに、副部長がいうように、男がそれをしたら、よけいにいけない気がする。そんな男、女のあたしは絶対に選ばない。
女は無意識か意識的にか、強い男を選ぶ。戦略を立てずに感情に走る男は、組織の中で弱い男だと本能で知っている。
そんなことをあたしがとっさに思ったことも、たぶん表情に出ていたのかもれない。副部長は、
「でも、お母さん、母親の愛情も大事ですから」
というフォローまでしてくれた。その一言で、救われた。みっともなく狼狽えることも、母親としては正しいのかも。その母の姿を目にして、息子は反省することもあるのかもしれない。
息子を寮に入れてよかった。

イラスト:北川原由貴
室井 佑月(むろい ゆづき)
1970年、青森県生まれ。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ~ん・あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、『ひるおび!』(TBS)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。