2015年02月09日11時37分
■あるわきゃないわ 室井佑月
現在、中学2年生の息子。今年の冬休みは弁論大会のための作文の宿題があった。もちろん、こっそり読んだ。
題名は『ソフトボールの楽しさ』。まあ、そうね、あんたの今の頭の中身は、ソフトボール部、彼女、ゲームで占められておる。
作文用紙4枚程度のその作品。ソフトボールの楽しさについて語られているのは、自分のポジション「ピッチャーは独りで戦っているようで、独りじゃない」という一文だけであった。
なんとか文字数を増やし原稿用紙を埋めようと、つらつらと部員の紹介。
ファーストは確実なやつで、セカンドは判断力バツグンなやつで、キャッチャーは口うるさいところもあるけど頼りがいがあるやつ、というように。
でもって、『ピッチャーはカッコいい俺!』といいくさる。
最後の〆は『試合に女子が来てくれたら勝てると思います』だってさ。『サッカー部にも負けません』って、おーい、おまえは誰とどのように戦っているのじゃ~。結局、女子からの人気度かいっ。
『戦争と平和』について書いてくれとはいわない。『将来の夢(たとえば救急医療の医者になりたい)』とか書けともいわない。けど、それでいいのか。
……いっか。こいつがそれでいいのなら。弁論大会なわけだもの、みんなに訴えたいことを書けばいいのよね。甘いかしら? けど、今までのおまえを知っているから、宿題をちゃんとやったことについて、この母は両手バンザイで誉めてあげよう。
読んだことを内緒にしておこうと思っていたが、あまりに面白かったので、つい翌日、口にしてしまった。からかった。
「ほんとうに、おまえだけは……」
面倒くさそうに息子がそうつぶやいた。だが、あたしが、
「はあ? だっておまえ、あれは弁論大会用の作文なんだろ。どの道、みんなの前で読むんじゃないか」
といったら、ようやくこちらを見た。目と目が合った。よっしゃ!
なにがよっしゃなのかというと、しばらくぶりに会話のようなものが出来そうだったからだ。
思春期の息子は、こちらが話をふっても返事は全部「あー」か「うー」。顔を上げもしない。まるでデカイ置物みたいだ。
人が話しかけたときくらい、携帯電話をテーブルに置けというのだ。こっち見ろ。母と話をするのは、一分、一秒でももったいないってか。友達とは一日中、話をしているようだが。
喧嘩にでもならなければ、親子の会話に発展しない。それってうちだけなのだろうか。
あ、話が飛んでしまった。ようやくあたしを見た息子は、ふうっとこれ見よがしなため息をつき、いきなり原稿を読み出したではないか。
『カッコいい俺!』のところで、クイッと親指を自分に向けてみせる。読み終えて、なぜかドヤ顔。それから、頭を抱えた。
「やべぇ。俺、マジでヤバい」
なにがさ。成績不振、だらけた生活態度。先生もあたしも、日頃から口を酸っぱくしてそうだっていってるじゃん。あんた、今頃、自分のヤバさに気づいたの? あたしが笑っていると、息子がつづけた。
「3学期がはじまってすぐ、クラスで作品のお披露目会するんだよ。このままじゃ、俺、クラス代表に選ばれる。でもって、学校代表とかになってみ? そんなの、恥ずかしいじゃんか。そうなったら、部活の時間削って練習させられるかもだし」
「……あんた、この作品で選ばれると思ってる?」
「絶対、そうなるって。やべぇよ」
しばし、絶句。一端、笑いを止めて、大爆笑。あんた、大人みたいな冗談がいえるようになったんだね。
「絶対に絶対に絶対に」
あたしは「絶対」という言葉をしつこく何度もくり返してからいった。
「そんなことあるわきゃないわ!」
「あるかも」
「ないよ」
「あるかも」
「ないよ。学校代表になるのは、(成績の良い)AくんとかBちゃんとかが書いた真面目な感動作品だわ。あたしがあんたの学校の校長だったら、死んでもこれを選ぶわきゃない」
あたしがそこまでいうと、息子は、
「じゃあ、良かった」
そう神妙な顔で頷いた。えーっ! そこは「だよな」ってゲラゲラ笑うところじゃないの? あたしを笑わせようとして、わざと面白いこといったんじゃなくて?
あたしのお腹の中にいて10カ月、手元に置いて14年、最近、あの男のことがよくわからないときがある。
イラスト:北川原由貴
室井 佑月(むろい ゆづき)
1970 年、青森県生まれ。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97 年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」
コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『piss』(講
談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・
掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ~ん・あんあん』(マガジンハウス)、
『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、『ひるおび!』(TBS)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。
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