2016年08月31日10時00分
ビジョナリーな人たち 吉田利明 奈良唯一の“観光タクシー”ドライバー
奈良の良さを知ってほしい 豊富な知識でもてなす「観光タクシー」
「奈良県内で『観光タクシー』を名乗っているのは自分だけ」と語る吉田利明さん。奈良を愛し、良さを広めたいという一途な思いから、タクシーでの案内を通じて観光客を楽しませている。
吉田利明(よしだ としあき)
1949年奈良市生まれ。旅行会社勤務を経て、タクシー業界へと転身。2007年、個人タクシーとして独立。これまでの経験、資格を生かし観光タクシーを名乗る“走るソムリエ”としてマスコミでも紹介されている。
良県内を、ぴかぴかに磨かれた黒いレクサスが軽快に走り抜ける。クラスは最上級。車内は広々としていて、革シートはふかふか。ここまで快適な個人タクシーは珍しい。さらに観光に特化して営業しているのが特徴で、その名も「吉田個人観光タクシー」だ。
ドライバーの吉田利明さんは、2010年、奈良の歴史や知識を試す「奈良まほろばソムリエ検定」の最高位「奈良まほろばソムリエ」に合格した。興福寺などの有名どころから、知る人ぞ知る隠れた名所まで、吉田さんは乗客の希望に合わせて案内する。「奈良まほろばソムリエの会」の鉄田憲男専務理事は、吉田さんを〝走るソムリエ〟と命名。雑誌や新聞で取り上げられることも多く、吉田さんは今や引っ張りだこの観光タクシードライバーだ。
取材の日、吉田さんは東大寺の南大門より大仏殿の内側までレクサスで迎えに来てくれた。
各観光地で、車が入れるギリギリのところまでタクシーで入ってきてくれるのも吉田さんならでは。あらゆる場所の規制を把握しているそうだ。たとえば、桜の名所として知られる吉野山もかなり奥の方までタクシーで入れるため、お年寄りなど歩行が困難な人でも、負担を最小限にして観光を楽しめる。
「過去には、92歳の女性をご案内したこともありました。『いつもの旅行より疲れなかった』と言ってもらえましたよ」
単に案内するだけでなく、いかに快適に過ごしてもらえるかを、吉田さんは大切にしている。乗り心地のいいレクサスを営業車に選んだのも、市内の交通ルールを熟知しているのも、全ては乗客のためだ。
細部まで行き届いた心配りが評判を呼び、乗客にはリピーターが多い。口コミや紹介を通じて知られることもあり、数カ月先まで予約が多く入っている。
現在、吉田さんが乗せる乗客の8割が観光客。残りは、仕事で奈良に訪れた人への貸切運転や、あるいは企業の来賓の送迎用として予約が入ることが多い。いずれも、奈良県内で信頼されている証拠だ。
旅館からの一言で始めた観光タクシー
吉田さんが個人タクシーの営業を始めたのはいまから10年前。始めから「観光タクシー」と銘打っていたわけではなかった。だが、前職が旅行代理店の営業だったことや、自身が旅行好きなこともあり、観光客を乗せると自然と話が弾んだ。
「行き先を聞いて走るだけじゃなくて、自分から提案するのが好きなんです。お客さんに『興福寺に行きたい』と言われ、『お寺さんがお好きでしたら、他にこんないい場所もありますよ』とご案内したりしてね」
ある時、旅館で働く知人から「お客さんがエラい喜んではりましたよ」と、褒められた。その時、「観光タクシーでいけるんじゃないか」と思いついたという。「吉田個人観光タクシー」の始まりだった。
吉田さんに信念を尋ねると、間髪を入れずに「奈良の良さを伝えることが私の使命だと思っています」と答えてくれた。京都を訪れる観光客は多いが、それに比べると奈良まで足を延ばす人は少ない。2013年の年間観光客数を見てみると、京都市は約5200万人。奈良市はというと、約1400万人だ。吉田さんは、奈良にも京都に負けないくらい素晴らしい神社仏閣や自然があるのに、と嘆く。
「奈良県内のホテル・旅館の客室数は全国最下位。恥ずかしいと思いません?」
終始笑顔だった吉田さんが、急に真剣な顔つきになる。観光客を厚くもてなす一方で、地元の人々には手厳しく意見することもあるという。
「時には口うるさい運転手になることもありますよ。とあるホテルには、もっとサービスを改善すべきだと意見したこともあります。嫌われたっていい。それで観光客の満足度が増して奈良の人気が高まるなら、本望です」
奈良の観光タクシーのリーダー的存在
車の運転で欠かせないのが安全走行。吉田さんは、「30万キロ無事故表彰者」であり、安全運行指導員の認定も受けている。一般社団法人全国個人タクシー協会が実施する「優良個人タクシー事業者認定制度」では、最高位のマスターとして三ツ星を獲得した。
一方で、吉田さんのように観光タクシーとして仕事をすることに憧れ、吉田さんが所有する「奈良まほろばソムリエ」を受験するタクシー運転手も増えているという。しかし、合格率は約35%。マークシート方式の試験に加えて小論文まであり、難関なのだ。
車内に乗り込んでみて、すぐに目に付いたのが、奈良県のマスコットキャラクター「せんとくん」の顔の部分に吉田さんの顔がはめ込まれた合成写真だった。
「ドライバー仲間がね、似ていると言って作ってくれたんですよ」
と、吉田さんは笑う。観光客だけではなく、仲間からも親しまれていることがうかがえるひと時だった。
難関の最高位資格「奈良まほろばソムリエ」の合格証明書と認定証、バッジ。
木村の視点
同じ近畿の京都に生まれ、暮らし、職場が大阪だった私も、奈良の地を訪れたのは久方ぶり、どちらかというと、距離は近いが気持ちの遠い場所であった。閑散期に東山や嵐山で花灯路のイベントをやるなど、観光客誘致の努力を怠らない京都に比して、奈良という所は「大仏さんがいてはるから、お客さんはなんぼでも来てくれはる。そやから、何もせんでええねん」という「大仏商法」とも「奈良の寝倒れ」ともいわれる、おっとりした気質を備えているのが良いところでもあるし、はがゆさを覚えるところでもある。店は早く終わるし、宿泊者以外の客に対して、いささか親切さに欠けるような某ホテルの例もある。だが、それもホスピタリティ・マインドに溢れた吉田さんのように有為な人材が現れることによって、少しずつではあるが変わっていく気がする。奈良ファンを増やすための吉田さんのような活動が、更に大きな渦になった時、観光都市としての奈良は甦るような気がするのだが、「フレー・フレー吉田!!」
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- 5L編集部
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